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三五工務店の想い、取り組み、いごこちのいい暮らしへのヒントを発信しています。

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2017.06.01
produced by Replan 家語(いえがたり)STORY2 野口 繁太郎さん 株式会社 野口染舗 取締役室長

家語 STORY2
株式会社 野口染舗 取締役  野口 繁太郎さん

三五工務店がめざすのは、家づくりの先にある暮らしづくり。
お客様それぞれの理想のライフスタイルを実現する空間をご提供できるよう、
建築業界のみならず、暮らしに関わる多様な業界の方々と語り合い、さまざまな着想を得ています。
その語りの中身をぜひ聞いてみてください。
家づくりやライフスタイルのヒントがきっと見つかるはずです。

2回目のゲストは、野口染舗の野口繁太郎さん。
日本人と着物との新たなつながりをつくるために、日々奔走している開拓者です。

着物を通して新しい幸せのかたちをお届けしたいです 野口染舗 野口 繁太郎/衣食住の担い手として暮らしづくりにともに挑みましょう 三五工務店 田中 裕基
田中
野口さん、本日はよろしくお願いします。今回、衣食住の「衣」を通して、暮らしづくりを語りたいと思ったとき、着物の新しい地平を切り開いている野口さんの顔が思い浮かびました。「おもしろい人がいた!」と(笑)
野口
ありがとうございます(笑)
田中
1年前の夏、弊社の社長が着物を買わせていただき、野口さんが納品に来てくださったんですよね。その際に初めてお会いして、近い年齢で家業を継いでいるという同じような境遇だったり、新しい価値を提示しようとして動いている姿勢などに共感する部分が多く、もっと話してみたいと思ったのを覚えています。
野口
境遇が似ていますよね。家業にはまったく興味がなかったというところまで(笑)
田中
はい(苦笑)。
ぼく個人のその辺の話は前回の対談をご覧いただくとして、野口さんのこれまでの軌跡を教えてもらえますか。
野口
弊社は1948年に祖父が創業しました。それ以来、社屋はずっとここ(白石区・菊水)にあるのですが、ぼくは南区で生まれ育ちました。ぼくが生まれた時には祖父は既に他界していたので、子どものころは、会社の隣の祖母の家に来る時にたまにここに連れてきてもらったことがある程度で、自分の生活とは別世界だったんですね。家業を継ぐなどまったく考えずに、大学までずっとサッカーに打ち込んでいました。とはいえ、サッカーでプロをめざすことは考えられなかったし、なりたい職業も特にありませんでした。そんなときにある人から、海外に行っておいでと勧められたんです。そのことばに突き動かされるようにして、アルバイトでお金を貯めて、オーストラリアとアメリカに行ったんですよね。英語もできないくせに(笑)
田中
どのくらいの期間?
野口
半年ほどです。オーストラリアでは、田舎でファームステイをしたりしていたんですが、どこに行っても「スシ、キモノ」って言われるんですよ。「キモノ、着られるんでしょ?」って。「ノー」と答えると、「日本人なのに、なぜ?」と。そんなやりとりがあるたび、恥ずかしい、悔しい、情けないの3つが混ざった感情があふれるんです。一方、着物は海外でも「キモノ」として認識されていて、これはすごいという感覚が芽生えました。自分のターニングポイントですね。
田中
人生で初めて、着物と向き合ったわけですね。
野口
はい。それで札幌に戻ってきてからじっくり考えて、会社に履歴書を送ったんです。
ちょうど10年前の2006年、23歳のときでした。
田中
今おそろいで着ている襦袢Tシャツや、デニム生地の着物など、着物の新たな価値を引き出してきた野口さんですが、入社後はまず何から始めたんですか?
野口
何もわからなかったので、勉強を兼ねて会社の機関誌をつくることにしました。毎月発行、100号までは出すことを決めて、すべて自分で記事を書きましたね。
田中
それはすごい! 実際に100号を達成したんですか?
野口
はい。その後は季刊にして今も続けています。そうやって着物の世界に触れていくなかで、素晴らしさを実感するとともに、現代の日本人と着物との距離をどうすれば縮めていけるのかを考えるようになりました。このテーマとしっかり向き合わなければ、将来的にきびしい状況になってしまうのではないかと感じたからです。
田中
そうした危機感がデニム地の着物などにつながっていくわけですね。
野口
そうなんです。当時、会社の近所にジーンズの裾上げをやる工場があったんですよ。そこには1本何十万円というヴィンテージものが持ち込まれ、裾上げした部分の色抜き加工などを弊社でお手伝いすることもありました。そんなある日、「待てよ」と。着れば着るほど味が出て、価値が上がっていくデニムというのはすごい。この素材で着物をつくれば、着物を身近に感じてもらえるはずだと思ったんです。入社から1年後ぐらいのことでした。
田中
なるほど。われわれも時間の経過とともに味わい深くなる住宅を意識していて、内装には無垢材、外壁には北海道らしい風合いの出る素材を極力選ぶようにしています。それにしても、いざデニム地で着物をつくるとなったとき、納得のいく品が出来上がるまでは大変だったのでは?
野口
最初はデニム生地のメーカーさんともつながっていませんから、まずは街の生地屋さんに行きました(笑)。それで試作してみるも、着物と同じようにつくると重くなってしまうので、常識を取っ払ってゼロから考え直し現在の形に近づけていきました。染めもデニムに合う手法を追求しながら、ひとつずつ進めていった感じです。何かにぶつかるたび、自分のリアルな感覚を信じるしかないというか、自分が着やすいもの、デザイン的にいいと思うものを追い求めるしかなかったですね。
田中
ぼくも買わせてもらいましたが、とにかくカッコいい。そして自分がカッコいいと思うものをつくることがものづくりの基本だと、ぼくも思います。そう思えないものには人生をかけられませんから。デザインと性能とコストのバランスをとりながら、本当に自分がカッコいいと思う家をこれからも建てていきたいです。
野口
住む人が求めるライフスタイルによって、家のかたちも随分変わるんでしょうね。リビングで家族と過ごすことを重視する人、書斎で静かに自分の時間を過ごしたい人、それぞれの思いをもとに組み立てていくわけですよね?
田中
注文住宅の場合はまさにそうですね。そして出来上がったらそれで終わりではなく、家づくりの先にある暮らしづくりまでお手伝いさせていただければと思っています。
野口
売って終わりじゃないというのは、すごく共感しますね。ぼくもお客様が幸せになる手段のひとつとして着物があると思っていますので、夏には浴衣でシャンパンを飲むイベントなど、着ていただける機会を提供しています。お客様と友人の中間みたいな感覚で、末長くおつきあいさせていただきながら、自然といろんな場所で着物を着ていただけるようになることを願っています。
田中
その感覚はよくわかります。ぼくも先日、ある物件の上棟式ということでお客様といっしょにキャンプをしました(笑)。もっとお客様との距離を縮めて、お互いにおもしろがりながら家を建てていきたいですね。そのなかで、野口さんともコラボできればと思っています。たとえば、建物と着物を組み合わせて、北海道のよさを世界に伝えるようなこともできると思うんです。われわれはカラマツをはじめとした道産材を積極的に使っていますし、野口さんは着物にアイヌ文様を取り入れたり、エゾシカ皮のクラッチバッグをつくるなど、北海道をキーワードにした商品も多彩ですから。
野口
そうですね。今あらためて「フロンティア精神」ということばが好きなんです。地場の素材をできるだけ使って、道外や海外へ、もっと発信していけたらいいですよね。ぜひやりましょう。
田中
新しい暮らしを提案できるよう、これからもお互いがんばりましょう。
今日はありがとうございました。